ゆめねこはうす&kyokotan

本、手帳、散歩などの覚書き

春日井市の上条城の新聞記事を見て、また、歴史探究心

 身近な場所の歴史に、興味を持っています。

 春日井市にもお城があった・・・。

 上条城は、小牧長久手の戦いの後、秀吉により取り壊されたということで、城跡が残っています。

 見に行かなくてはと思っていたのですが、なかなか外出できず・・。

 

 そんな折、中日新聞に上条城のことが掲載されていました。

 

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 上条城に興味を持ったのは、古代豪族和邇氏関連の神社が、この近くにあるからです。

 「和邇良神社」と言います。

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 和邇良神社参考資料↓

 

kasugai.genki365.net

 

 

 

ja.wikipedia.org

 

 上条城を築城したのは

 木曾義仲の四天王の一人今井兼平の孫、小坂孫九郎光喜で、

 wikiによると、

 1218年に上条城を築城、同年に朝宮に鎮座して廃寺寸前だった大光寺と和邇良神社を、現在の上条町に移し、合祀する形で和邇良白山神社と称した

 とあります。(郷土誌かすがい第6号にも、同じように書かれています。)

 

 現在、上条町の和邇良神社の隣に大光寺があって「朝宮山」と山号があったのは、元は朝宮町にあったからでしょうか。

 (神社も寺も、小牧長久手の戦いの時に、焼失したそうです。その後再建。)

 

 ちなみに、朝宮町には現在朝宮神社があります。

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小野道風の植えた木があったのでしょうか?

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 神社の隣には朝宮御殿跡というのもありました。

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 延喜式神名帳(927年にまとめられた全国の神社一覧)の式内社の和邇良神社には累社がいくつかあるようです。

 

 ↓こちらのページからの引用です。

engishiki.org

 このサイトの尾張国の、山田郡にあります。

 

 

 

 現存しているどの神社が、記述されている和邇良神社なのでしょう?

 山田郡とは、そもそもどのあたりまでだったのでしょう。

 郡の境界と言われる庄内川も、氾濫が多くて、いろいろ形を変えているようですし、古代はどんな風景だったのでしょう。

 庄内川と八田川は繋がっているから、船での移動もあったのかなあ・・・。

 

 家族にそんな疑問を話したら「だから何?」と言われました。

 家族にとっては、古代のことや由来、例えば邪馬台国がどこにあったとかいうことも「だから何?」なのでしょうか。

 

 

  

 以前二子山古墳のことを調べている時、東海の古代史と「ワニ氏」とは深い関係にあるということを知りました。

 東海といえば、尾張氏が有力と思っていましたが、深く関わっている和邇氏とはどういう氏族なのでしょう。

  

ja.wikipedia.org

 

 和邇氏は、小野氏、春日氏などの別性にもなっていき、春日井市の地名にも関連があるのでしょうか。

 奈良の方で勢力があったということですが、和邇(ワニ)という名前から、海の方の出自なのでしょうか。

 和邇、小野、など似たような地名は、滋賀県や、奈良県にもあります。

 また、朝宮という地名は、滋賀県の信楽あたりにもあります。

 いろいろつながりがあるのか、たまたま同じ地名なのかわかりませんが、古代の人々が尾張や、美濃、近江や、越前や京都など、あちこち交流、移動している様子はあります。

 

 そんな、地元の古代のことを知りたくて、いろいろ本も探しています。

 「郷土誌かすがい」も、パソコンで興味深く見ています。

www.city.kasugai.lg.jp

 創刊号から、現在77号までありますが、本になれば見やすいのに・・・と思っています。